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院内通信

「待ち時間が長い。」 「説明がわからない。」
 ようやく涼しくなって来ました。暑さにまいっていた体も息を吹き返して来た、そんな感じでしょうか。私事ですが、今年は長いお盆休みをとって旅行に行って来ました(青森)。患者さんには御迷惑をお掛けしましたが、気持ちを新たにして診療に勤しみたいと思います。さて発行が遅れました院内通信ですが、今回は前二回の病気の説明とは視点を変えて、診察の待ち時間と説明の問題を取り上げます。色々な所で「診察に対する不満」に関するアンケートをとると、たいてい「待ち時間が長い」「病気の説明が十分でない」という回答が上位になります。この二つは病院、医院に対する二大苦情と言えるでしょう。これらの問題を解決するのは医療サービスの永遠のテーマです。

待ち時間の問題を解決する最も良い方法は「時間予約制」です。最近の総合病院はこれを採用している所が増えて来ました。予約制になる以前はそれこそ「早いもの勝ち」で、早朝の病院玄関の開門と同時に待合室の椅子取りが始まり、「9時の診察を受けるために6時に来た。」という、文字道理3時間待ちの3分診療に近い状態でした。それに比べれば時間予約はかなりな進歩でした。しかしこれでも例えばある患者さんが10時の予約であっても診察を受けるのが11時前になることがあり、結局1時間かそれ以上待たねばならぬ事になります。
 
 また時間予約の最大の欠点は予約外の患者さんへの対応です。診療所には、「今日熱が出たから受診したい。」「今お腹が痛いから診て欲しい。」「明日は都合が悪くなったので今日薬をもらっておきたい。」という患者さんが多数来られます。時間予約にしてしまうと、融通が利かなくなり、このような番外の希望に応えにくくなります。患者さんの方も遠慮して受診しにくくなるでしょう。

 現在の日本の保険制度で、ある特定の医師の診察を受けるためには一定の待ち時間はどうしても覚悟せねばならぬ事になります。実は医師の方も、一人の患者さんの診察中、机の端に次の患者さんのカルテが4枚、5枚と重なれば正直申しまして、全く焦らない、といえば嘘になります。混んでいるからといって手を抜くわけにいきませんので、一回の診察でなすべきこと事は、過不足なくなさねばならない、という気持ちで診療していますが。また患者さんの方も手短に切り上げようと気を使っていただいているのがよくわかります。

 そうは言っても何の工夫もせずただただ患者さんをいたずらに待たせるわけにいきません。少しでもスムーズに診療を受けていただくために次の様な事を考えてみました。

医療者側の工夫

体調の悪い人は先にベッドに休んでおいてもらう 
 熱のある時、体のどこかが痛い時、長い時間待つのは本当に辛いことです。このような状態の患者さんは優先的に処置室のベッドに休んでおいていただき、必要なら応急処置をしておき順番がくればゆっくり診察します。

診察にがすぐ済みそうな人を先にする 
 例えば予防接種の方などは比較的短時間でしかも決まった時間しか掛かりませんので、場合によっては先に診察を受けていただくことがあります。もちろん他に待っておられる患者さんの了承を得ることはいうまでもありません。

薬を先に準備しておく
  処方内容に大きな変更のない場合には処方せんを先に書いて診察終了までに投薬の準備をし始めます。診察が終わってから会計が済むまでの時間を短縮します。

別の診察時間に来ていただく
  診察で込み入った相談のある場合、混んでいる時には医療者側も患者さん側も落ち着いて話し合えません。このようなとき、おおまかなお話だけ聞いておいて別の時間を予約して再度来ていただき、お話を聞く、という方法も可能です。

患者さん側の工夫

混んでいる日、時間帯を避ける
  待ち時間というのは面白いものです。例えば9時前から次々患者さんが来られ、30分も40分も待っていただいてから診察し、11時頃やっとひと段落付いて、待合室に誰もおられなくなってから、別の患者さんが来られると、その方は待ち時間殆どなしで診察室に入っていただくことになります。時間帯によって待ち時間は大きく変わります。ただここで難しいところはそれが予想できない点です。いつも11時頃がすいているとは限りません。5時半からの夜の診察時間は比較的すいています。場合によっては30分以上患者さんをまっている、ということもあります。しかし天候や風邪の流行などで混む場合もあります。それでは何を考えても仕方ないではないか、と言うことになりますが、大まかな混みやすい傾向というのはあります。まず休日の前後は混みやすいです。特に連休の翌日はたいてい患者さんが多いです。午前診より夜診の方がすいています。患者さんにはちょっとこういう点を頭の片隅に置いて頂ければと思います。

待ち時間を覚悟する
  こんなことを書くと言い訳のようになりますが、それでも書かねばなりません。色々な努力はしていますが、医療には予測できない出来事が良く起こります。病院・医院ではある程度の待ち時間はどうしても避けられません。「病院では待つもの。」と覚悟を決めて頂ければとお願いしたいです。待ち時間はあるものとして本などを持ってきてもらえば良いのですが。

十分な説明を受けるために
 もう一つの大きな苦情である、「医師からの説明が十分でない。」について述べます。これは診療所だけでなく、病院に入院中の患者さんからもよく聞かれます。医師は体、内臓のかたち(解剖学)や、それぞれの臓器がどのようにはたらいているか(生理学)の知識を持った上で患者さんに話をします。なるべく分りやすく説明しようと考えていますが、どうしても基本的な事柄を省略して話してしまい、十分理解していただけないことがあります。またどうしても診療時間に限りがあり、一つの病気についての全貌をお話できません。私もいろんな経験を経て、開業当初よりはよく説明できるようになったと思いますが、それでも患者さんの知りたいことに十分答えているか自信がありません。このような医師、患者の落差から色々な行き違いが出てきます。これを防ぐにはどうすれば良いか、次のようなことを考えてみました。

医療者側の努力
 
書いて示す
  複雑なものごとを理解していただくには、絵で示すことが必要です。また一度の説明で完全に理解する、ということは不可能ですので、書いたものをお渡しして、帰られてから再確認していただきます。

基本的な事から説明する
  上に書きましたように大部分の患者さんは基本知識がないわけですから、説明する時には本当に基本的なところからお話する必要があります。例えば心臓病の説明をする時にはまず心臓が体のどこにあって、どんな形をして、どんなはたらきをして、ということを一通りお話するわけです。病気の説明の前にまず正常の体のはたらきの説明が入らねばなりません。

患者さんが聞きたい事を説明する
  医師の方が時間をかけて説明したつもりでも、患者さんから「ちっとも説明してもらえなかった。」といわれることがあります。これは患者さんの一番大事な疑問に答えていないことが原因と思います。「患者さんが何を聞きたいと思っているか。」を推し量る事はなかなか難しいです。日常生活でも他人が何を考えてるか、十分にはわかっていないのですから。これに関しては「他にお聞きになりたい事がありますか。」「どんな事を疑問に思っていますか。」とこちらから直接お聞きするようにします。
 
専門用語を使わない
 病院の外来で説明を受けてこられた患者さんからよく聞くお話ですが、「話を聞いていたら、何か難しい言葉ができきて頭が真っ白になって、その後何を聞いたか全く覚えていない。」と言われる事がけっこうあります。特に病院の医師は普段医師どうしで専門用語を使って話をしていますので、患者さんとの会話でもそのような言葉がでてしまいます。しかし患者さんが知らない言葉は絶対に使うべきではなく、患者さんの方も会話の中でわからない言葉が出てきたらすかさず「それはどう言う意味ですか。」と質問して下さい。

患者さん側の努力
 
聞きたい事を整理しておく
  病院に入院中にもかかわらず主治医から十分な説明を受けられなかった、という声を聞く事もあります。入院中なら主治医は普通、一日一回は回診しますから、質問するチャンスは十分あるはずなのですが、医師の方が忙しそうにしているとついつい聞きそびれる、というのが実情でしょうか。このような場合、患者さんに努力していただく必要があります。入院中でも外来でも同じ事ですが、あらかじめ質問したい事をメモしておき、一番聞きたい事から順番に聞いてゆくのです。一回の診察時に全ての質問に答えるのには時間的余裕がありませんが、最低でも2つの質問には答えられるはずです。医師も質問には応じる気持ちはあるのですが、患者さんの方からの要求がないと、「この人は現状で満足しているのだろう。」と考えてしまいがちなのです。

質問を遠慮する気持ち
  当然、「先生にこんな事を聞いたら悪いのではないか。」「うるさがられるのではないか。」という患者さんの気持ちは医師にも理解できます。私自身も一人の患者さんに毎回同じ質問をされたりすると正直言ってあまりよい気分ではありません。「それは前に言ったはずですが、、。」とついつい不躾な態度をとってしまうこともあります。しかしこれはよくない事であるという認識はあります。患者さんの質問に対応するのは医師の義務で、特に外来の内科医の仕事の半分は「説明」です。投薬や注射、処置ということもありますが、患者さんに正しい情報を提供する、ということでお金をもらっている職業なのです。患者さんに質問される事で医師も「患者さんはこういう事を知りたいと思っているのだな。」と学んでゆくのです。

「わからない」ということ
 質問と説明に関して重要なことを書いておかねばなりません。それは説明ができない場合についてです。患者さんが訴える様々な症状の原因を全て医学的に正確に説明できるわけではありません。「なぜこのような症状がおこるのかわかりません。」と言わざるを得ない時があります。例えば「冷え性」という症状があります。足が冷たく感じられる、という女性に多い症状ですが、これもはっきり原因が解明されていません。血液の循環が悪いのではないか、とよく尋ねられるのですが、脈拍はちゃんと触れますし、触っても冷たくない場合もあります。またよく聞かれるのが、「風邪の時風呂に入っても良いですか。」という質問です。実はこの問題に関して結論を出した研究はほとんどありません。現場では医師の個人的経験や患者さんの体質から判断しており、それで大きな問題にはなっていないのですが、「風邪の時患者さんに入浴をすすめるべきかどうか。」について医学部でも、指導医からも教えられた経験はありません。その他、脈が速くないのに動悸がする、胃カメラでも異常がないのに胃の具合が悪い、レントゲンで異常がないのに関節が痛い、耳は正常なのに耳鳴りがする、などなど医学的にすっきりと説明できない訴えに医師も患者さんも頭を抱えています。昔に比べれば医学は確かに進歩しました。レントゲン、CT、MRI、エコー、内視鏡などで体の奥の奥まで見えるようになりました。それでも説明できない症状は山のようにあります。先ほどの入浴の話のように、むしろ「ありふれた事ほどよくわかっていない。」といえます。現代医学は癌、心臓病、脳卒中など命に直接関わる病気については日々研究が進んできました。しかし患者さんが訴える、さしあたって命に関わる事のない、個々の症状については研究が後回しにされてきました。現代医学の盲点とでも言えるでしょうか。最近は遅まきながら医療者側も反省してきまして、このような検査で異常が認められないが症状がある、という病状に関して少しずつ研究されつつあります。
 我々医師は医学部で「患者さんにわからないと言ってはならぬ。どんな質問にでも答えられるよう、しっかり勉強せよ。」と教えられてきました。確かに患者さんに質問されてわかりませんと言うのは恥ずかしい事ですし、患者さんを混乱させます。どんな患者さんにでも現代の医学が提供できる、最高水準の医療ができるよう、日々勉強していかねばならないのは言うまでもありません。しかしその一方で現在の医学の限界というものがあり、わからない事、説明できない事というのは確かにあります。誤解を恐れずに言うと、患者さんも医師も「わからない」という事に寛容になればもっと医療は良くなるのではないかと考えています。患者さんが医療に完全を望み、医師がわからない事をさもわかっているかのように言わねばならぬところから色々の悲劇が生まれるのではとすら思います。「ここまでは医学的に正しい事がわかっています。しかしここから先はまだ解明されていません。その上でこのような治療をしましょう。」というのが、誠実な医療と思うのですが、いかがでしょうか。

(平成13年9月)


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