皆様明けましておめでとうございます。今年も院内通信をよろしくお願い致します。今年のお正月は例年になく冷え込みが強く、風邪をひかれた方も多いのではないでしょうか。今回はこのありふれた、しかしやっかいな病気である「風邪」について医師はどのような考えで治療しているのか書いてみます。
どんな人でも自分が風邪をひいたかどうかは大体わかります。体がだるくなった、寒気がする、急に鼻水が出てきた、咳が出る、のどが痛い、などの自覚症状で判断してほぼ間違いはありません。一般の診療所に来られる患者さんは「どうも風邪をひいたみたいです。」と言われます。医師の中には「そんなことは医者が決めるものだ!患者が勝手に判断するな。」と言う人がありますが、実際には患者さん自身が風邪をひいたと判断した場合、90%以上は風邪です。では医師は何をしているかと言うと、残りの数%の風邪でない病気が隠れていないかを考えているのです。隠れているかも知れない病気を挙げますと、
かぜはほとんどの場合、ウイルスに感染することで起こります。いわゆる「菌」とは正しくは「細菌」のことですから、「かぜの菌」という言い方は本当は正しくないのです。しかし「かぜを起こす病原体」という意味で「かぜの菌」と言い習わしています。細菌とウイルスは同じようにかぜや肺炎を起こしますが、実はかなり違う生き物です。細菌は大きさが1ミリの1000分の1ぐらいで、ウイルスはそのまた20分の1ぐらい小さく、生き物というより「粒」と言っていいような微生物です。
なぜ細菌とウイルスの違いを取り上げるかというと、後で述べますようにかぜの治療に抗生物質が必要かどうかという問題にかかわるからです。抗生物質(高齢の方がよく言われる「マイシン」)は細菌がふえるのを抑える作用はありますが、ウイルスには効きません。ですから通常の風邪の治療に抗生物質は不必要なはずなのですが、それでも昔からかぜの治療に抗生物質が使われています。この点については後で項を改めて述べますので、ここでは細菌とウイルスの違いを理解しておいてください。
かぜはこのウイルスが鼻、のど、気管支などの粘膜に侵入して増殖することで発症し、鼻水、のどの痛み、咳、頭痛、発熱などの症状があらわれます。
これもよく誤解されることですが、インフルエンザとかぜは「似て非なるもの」で、別の病気です。インフルエンザはインフルエンザウイルスの感染で起こるもので主に12月から翌年の2月頃に流行して、40℃近い発熱、関節痛、強い全身倦怠感など全身的な症状の重い病気です。これに対してかぜはその他のウイルス(ライノウイルス、コロナウイルス、アデノウイルスなどあまり耳慣れない名前の雑多なウイルス)感染で起こり、主として首から上の局所的な症状が現われるものです。インフルエンザのようにウイルスの種類で症状が決まるわけでもありません。風邪とは鼻、のど、気管支がウイルスによって傷められたことが原因で起こる様々な症状をひとまとめにした病名で、正しくは「急性上気道炎」といいます。
これまで書きましたように風邪はほとんどの場合、ウイルス感染が原因で起こります。しかし風邪を起こすウイルスは、特に冬になればそこら中にいますので、常に感染する可能性はあるのですが、いつでも風邪を引くわけでもありません。皆さんが今までに風邪を引いた時のことを思い出してください。「雨に濡れたまましばらく外に居た。」「暖房があまりきいてない部屋でうたたねした。」「人が来たので薄着のまま外に出て立ち話をした。」「仕事が忙しく、睡眠時間も短かった。」「いつもしないような作業をした。」などということがあったのではないでしょうか。風邪は多くの場合、「冷え」や「疲労」で起こります。特に冷えは大きな原因で、冬に急に冷え込むと患者さんが増えます。同じような日から風邪症状が現われる人が多いです。また寒いところで、ものの20分ほど立ち話をしただけでも風邪症状が出てくることもあります。ウイルスが多少体内に入ってきても、抵抗力があればそれを排除できるのですが、「冷え」や「疲労」が重なっていると、自律神経や免疫のはたらきがうまくゆかず、風邪を引いてしまいます。
もう一つ大事なことは風邪は接触感染が多いということです。つまり、風邪の患者さんの咳やくしゃみでウイルスが飛び散る→別の人が手で触る→自分の鼻や口を触る→鼻、のどの粘膜にウイルスが入り込む→感染する、となります。ここが空気感染が主体のインフルエンザと違うところです。この点については、「手洗いで、風邪の子供から母親にうつるのを60%防いだ。」という研究結果があります。
先に書きましたように、風邪は「冷え」や「疲労」状態の時、手でウイルスを鼻や口に持ち込むことで起こるのですから、予防法は体を冷やさないこと、疲労をためないこと、手をよく洗うこと、が大切になります。急に寒いところに薄着で出たり、ふだんしなれない作業を突然したり、という時が要注意です。
風邪の予防として、よくうがいをせよ、といわれてきました。しかし本当の所、うがいが風邪の予防に効果があるのかはっきりと確認されていません。確かにのどをきれいにすればウイルスが入らないような気はしますが、うがいで洗えるのはのどのごく一部であること、いったんウイルスがのどの粘膜に入り込んでしまえばいくらうがいをしても取れないこと、などから一般に広まっている割には医師はうがいの効果を疑問に思いつつ、うがい薬を処方しているのが現状です。ただ特に高齢の方で、口の中の細菌が気管の方に流れていって肺炎の原因になることがあるので、肺炎の予防のためにはうがいは有効と思われます。うがいは別に害のあるものではありませんし、うがいをしていたほうが風邪を引きにくい、と言われる患者さんもおられます。しかし過信はできないでしょう。
風邪はウイルス感染で起こるわけですから、ウイルスをやっつける薬があればいいのですが、現在の所、風邪ウイルスに対する薬はありません(インフルエンザウイルスに対するものはあります)。薬局や診療所で出す、いわゆる「かぜぐすり」というのは咳、鼻水や熱をおさえる薬をいくつか組み合わせたもので、ウイルスそのものをおさえるものではないのです。ですから全てのかぜぐすりは根本治療するものではなく、症状を和らげるためのものになります。根本的には風邪は自分の抵抗力で治さねばなりません。とにかく出来る限り体を休めることです。体を暖めることも大事です。
よく「○○日に大事な用事があるからそれまでに風邪を治してください。」と言われることがありますが、「そんなことを言われても困ります。」というのが医師の本音です。一時的に熱を下げたり、咳・鼻水を止めたりすることは出来ますが、抵抗力で根本的に治すにはある程度の日にちが必要です。その間のつらい症状をおさえておくために色々な薬があります。
「風邪は抵抗力でなおせ」と言っても何日もひたすら寝ているわけにもいきませんので、種々の薬を使って症状を抑えることになります。以下に現在近藤医院で主に使っているお薬を書きます。
今でも「漢方薬は長くのまないと効果がない。」というウワサがありますが、まったくの誤解で、特に風邪に使う漢方薬は適切な時期に服用すれば非常に速く、良く効きます。
以上の3つの薬はどれも「ちょっとおかしい、風邪をひいたかも。」と思った時、すぐに服用すると良く効きます。
抗生物質は細菌に対する薬で、ウイルスには効きません。ですから風邪の治療には抗生物質は必要ないはずなのですが、実際には使うことがあります。この点については昔から医者の間でいつも議論になっています。抗生物質否定派は、「風邪はウイルスで起こるのだから必要ない。かえって耐性菌(抗生物質がきかない菌)が増えてしまう。」と主張し、抗生物質賛成派は「風邪の時でもいくらか細菌感染が重なっている、抗生物質を服用した方が早く治ることもある。」という意見を出し、結論が出ません。現在、私自身の方針は、「風邪の人全員には使わない。細菌感染も重なっていることが予想される人に処方する。」というものです。使用する場合は、
などです。
抗生物質とならんで議論の的になっているのが「風邪のとき解熱剤を使うべきかどうか。」という問題です。解熱剤反対派は「熱はウイルスに対して免疫力が働いた結果出てくるもので、風邪を治すのに必要なものだからむやみに下げるべきではない。」と唱え、賛成派は「発熱が長く続くと体力を消耗する。適度に下げるべき。」と考えています。かつては「解熱剤を毎食後」に、という処方が行われ、必死になって熱を下げていました。しかし最近では「解熱剤を使うとかえって治りが遅れる」「小児でインフルエンザ脳炎になった子供には強い解熱剤を使っていた場合が多い」という研究結果が出てきて、解熱剤不要論の方が強くなってきています。特に小児科では使わない傾向になっています。確かに解熱剤で熱はいったん下がりますが、薬の効果が切れてくればまた上がってくることが多いです。この熱が再上昇する時、寒気がしてつらいです。私の方針は「なるべく使わない。高熱で苦しければ頓服で使ってもらう。」です。
結論からいえば、別に注射や点滴をしなくても風邪は治ります。ただ高熱でふらふらの状態で診療所に来られたとき、解熱剤を一回注射してそれで治ってしまうこともあります。また風邪の他の症状で患者さんが注射を希望される時はハイスタミンという、鼻水や咳に対する作用のあるものを使っています。注射をした方が少し治りが早いかもしれない、という印象はありますが、絶対的なものではありません。私は風邪の治療で注射をするかどうかについては患者さんの希望を優先しています。 また点滴は抗生物質を投与しなければならない場合や、食事が取れない時、倦怠感が強い時にしています。それ以外の場合は点滴も患者さんの希望があれば行っています。
風邪はたいてい1週間以内に自然になおるものですが、時によってはだらだらと長引きます。次のようなことがあります。
風邪の後、2週間たっても咳が続くことがよくあります。これは気管支が敏感になっているためらしく、急に寒いところに出たり、ほこりを吸うと咳き込むこともあります。この状態になると普通の咳止めは効きにくく、アレルギーの薬や吸入薬で治療します。
患者さん自身が痰や鼻水で出したウイルスを自分の手でさわり、それを眼、鼻や口につけることで再びウイルス感染する(自己接種)ことがあります。よく手を洗い、自分の顔を触らないことです。
私自身が風邪をひいた時どのようになおしているか、書いてみましょう。大体冬に3、4回ひきます。午前の診察が終わった後、診察室であまり暖房せずにうたた寝した時によくひきます。ちょっと注意したらひかずに済むことなのですが、それができません。たいてい初期には寒気が起こりますので、「あっ、かぜをひいた」と思うとおもむろに薬局に入り、ごそごそと漢方薬、とくに先に書いた桂麻各半湯を取り出して2包をのみます。あとは夜は早く寝てしまいます。咳がよく出て診察に差し支える時は咳止め(ライトゲンシロップ)を朝だけのみます。少し鼻水が出たりもしますが、漢方薬も2、3回だけのんであとは自然に治るのを待ちます。注射も点滴もしません。理由はただ一つ、痛いのが嫌だからです。うがいもほとんどしません。これはうがいが風邪の予防に効果があるか試しているからです(皆さんはまねをしないように)。手はよく洗います。
私の風邪の治し方はこのようなもので、「患者にしてることと、だいぶ違うやないか。」と言われるかもしれません。私のような、必要な薬がいつでも手に入り、ある程度時間の融通のきく自営業だからこんな適当な治療でも可能なので、患者さん全てにあてはめるつもりはありません。ただ風邪の予防には「冷え」を防ぐこと、風邪をひいたと思ったら早めに休養をとること、薬が風邪を治すのではなく、抵抗力で治ることを強調しておきます。