やっと院内通信第7号ができました。今まで長い文章をたくさん書いてきましたが,今回から思い切って短くし、より多くの患者さんに読んでいただけるようにしました。
今回は咀嚼がテーマです。よく噛むことは、毒消し効果がある、ダイエットにもなる、認知症の予防にもなるかもしれない、という誠にうれしいお話をご紹介します。
私たちの身の回りの食品には数多くの食品添加物、農薬があふれています。発がん性のある物質は厳しく検査されていますので、「まず問題ない」ということですが、それでもごくわずかの量の化学物質が十年、二十年、三十年と体内に入り続ければまったく問題ないかと言われれば、誰にも答えようがありません。いまさら江戸時代のように自然食ばかり食べるわけにもいきませんのである程度体内にはいってくるのはやむを得ないことでしょう。しかしこれらの化学物質には発ガンの原因となる恐れのあるものがあります。それほど神経質になるほどではない、と知りつつもずっと気になる、というのが食品添加物の問題です。
そこで咀嚼です。唾液にはがんを起こす化学物質の作用を抑える働きがあります。詳しく言うと、発ガン物質は体の中に入ると「活性酸素」という物質を発生し、それが細胞の中の遺伝子に傷をつけて、がん細胞を発生させます。唾液に含まれるペルオキシダーゼという酵素がこの活性酸素を消すことがわかっています。よく咀嚼すれば唾液がたくさん出て、ペルオキシダーゼが化学物質の毒を消してくれる、というわけです。本当によく咀嚼した人ががんに罹りにくいかどうかは、まだ証明されていません。でも唾液に毒消しの効果があると考えれば、よく噛んで食べていると「体に良い事してるんだなー」、という感じが沸いてきませんか。
肥満の治療として、良く咀嚼すること、が古くから言われています。肥満の人には早食いの人が多いので、良く咀嚼してゆっくり食べると良いのではないか、考えられてきました。これには科学的な根拠があります。皆さんは脳の中に「満腹中枢」というのがあるのをご存じでしょう。ここが刺激されると、「もう十分食べた、これ以上はいらん。」という満腹感が出てきます。良く咀嚼すると、脳神経の中に「ヒスタミン」という物質がたくさん出来て、この満腹中枢を刺激するのです。すなわち良く咀嚼してゆっくり食べていると、次第に満腹中枢が刺激されて、胃が一杯にならないうちに満腹感が出てくる、という訳です。早食いの人はあまり咀嚼しないために、大量の食物を腹に入れないと満腹感が得られない、という事になり、ますます太ってゆくことになります。
またこの脳の中のヒスタミンには体に貯まった脂肪組織の分解をうながす作用があります。よく咀嚼することは十分なダイエット効果があると言えるでしょう。
咀嚼はこれまでに書いた、食べ物との関係だけでなく、脳のはたらきとも関係があることが色々な研究でわかってきました。動物実験の例をあげますと、粉末のえさで飼育したネズミと固形のえさで飼育したネズミを比べると、固形のえさを食べていたネズミの方が学習能力が高くなります。「よく噛んだ方が頭が良くなる」という事になります。
また私たちが最もおそれている病気の一つにアルツハイマー型認知症がありますが、この病気の原因はまだはっきりわかっていません。老化、遺伝子の異常や環境の問題など様々な原因が重なって起こると考えられています。しかし、咀嚼との関係でみると、アルツハイマー型認知症の患者さんには自分の歯をうしなっている人が多く、うしなっている本数が多いほど脳の萎縮も進んでいる、ともいわれています。なぜ歯がなくなるとアルツハイマー型認知症になりやすいのかはまだわかっていません。しかしネズミの実験の結果などから、咀嚼することが脳のはたらきに関係するのではないかと考えられています。
これまで読んで頂いたように、よく咀嚼することは、ダイエットにもなり、毒消しの効果もあり、脳のはたらきも良くなる、という良いことずくめです。しかし良いとわかっていても出来ないのが人間です。外来で「食事を良く噛んで食べてください。」といつも言っていますが、なかなか長年の習慣を変えられない人が多いです。よく咀嚼する習慣を身につけるためには、
(今回の文章は以下の本を参考にしました。
1.西岡 一 「噛めば体が強くなる」
2.上田 実 「咀嚼健康法」)
(平成16年4月)